※第一話の夢主は二年生です。


 ある日教室に行ったら、私の隣に席があった。
 私の隣に席がなかったのは、イジメでもなんでもなく、ただ単に人数が奇数だったからである。
 二学期の始めにくじ引きで席を決めて、まだ1ヶ月くらいしか経っていない。一学期はこの席に違う女の子が座っていた。
 そして、昨日までは確かに、隣の席は無かったはず。
 なのに、今朝何の前触れもなく席が作られているのはなぜだろうか。
 しかも席だけじゃない。
 その席には銀髪の男の子が座っており、あろうことか近くの席の男子と談笑しているではないか。

(…クラスを間違えた?…いやいや落ち着け)

 私が知らないのは、隣の席の存在と、この男子だけである。
 再度周囲を確認する。此処は慣れしたしんだ私のクラスだ。間違いない。
 だとすると……転校生か何かなんだろう。うむ、きっとそうだ。
 私はそう思い、ズカズカと窓際の一番後ろの私の席に移動する。
 そうすると、必然的に未知の彼とも近づくわけで、

「おはようしゃん」

 近づいた私に気付いた彼が、振り向いてニヤニヤと笑いながら、独特の言い回しで私に挨拶してきた。
 え?私?
 キョロキョロするまでもなく、私の通り道に人は居らず、左右には後ろ黒板とロッカー、そして彼しかいない。

「え、あ、おはよう」

 どうしようもなくぎこちなく挨拶すると、「今朝は機嫌悪いのぅ」と彼がぼやいた。
 今朝ってなんだ?って言うか何弁?土佐?

!オハヨー!」
「おーおはよー」

 飛びついてきた友人に私も挨拶を返す。
 そこでふと思いつき、彼女を手招いて彼に聞こえないように内緒話をする。

「ね、ね、私の隣の席にいるの誰?」
「誰って……なに、仁王くんと喧嘩でもしたの?」

 仁王?
 聞いたことのない苗字だ。

「喧嘩?今会ったばかりなのに、それはないよ」

 私が言い切ると、彼女はポカンとし、後退るように仁王くんとやらの元に向かった。

「ちょっと仁王くん」
「なんじゃ?」
に何したのよ。めっちゃくちゃ怒ってんじゃん」
「……何かした覚えはないんじゃが」

 慌てて私は彼女を止める。
 これじゃあヒソヒソ話した意味ないじゃん!

「だから、怒ってなんかいないってゆってるじゃん!」
「じゃあなんで『アイツ誰?』なんて言うわけー?」

 おかしい。なんかおかしい。
 これじゃあ、私だけが彼を忘れてしまったみたいじゃないか。
 周りから非難の視線が集まる。私はまるっきり悪役だ。
 今の状況に抗議したい感情がグルグル頭を巡るけど、そこはぐっと押さえた。
 代わりに「なーんて」と言いながら頭に手を当ててバカっぽく笑った。

「知ってるに決まってるじゃん!
 しっかしこれでみんなが私より仁王くん派だってことがよっくわかったよ!」
 
 おどけるしかなかった。内心ヤケクソである。
 みんなが私をからかっているなら、「知ってる知ってる!」と嘯くリアクションが正解だと私は判断した。
 みんなは私の言葉に鳩が豆鉄砲くらったような顔をし、続いて「なんだよ騙された!」「役者ー!」と各々破顔一笑。
 え?

 この笑顔の花畑の意図はなんだ?
 ピエロの私にウケているのか?
 もしかして本当に、知らないのは私だけなの?
 ……病院に行くべきだろうか? 頭打ったりしたっけ……。
 あははー、と空笑いを返していると、突然仁王くんとやらが立ち上がり、私の腕をむんずと掴んだ。
 え!?
 困惑する私を余所に、仁王くんとやらはニヤニヤと友人らに笑い、

「ちょーっと借りてくぜよ」

 そういうと、友人らの反応も待たずにズルズルと私を引きずって行った。
 どこに連れていく!?
 急な出来事に私は抵抗を忘れて、引きずられるままについていった。
 階段を少し下がって踊り場。
 仁王くんとやらは、そこで私の腕を離してくれた。

「な、なによぅ」

 私の中では初対面なので、どう話せばいいのか正直わからない。
 仁王くんは私をまじまじと見つめ、

「お前さん、俺のこと本当に知らんの?」
「え、ええと、なんて言いますかそのー」
「正直に言うてかまわんよ。気悪くしたりせんから」
「あー、そのー…、うん」

 からかっている訳じゃない顔に、私は正直に頷いた。
 仁王くんは「なるほどのぅ」と頭をガリガリ掻いた。少し困っているようだった。

「あ、あの」
「ん?
 ……あぁ、すまん、こういうこともあると予想はしとったんだが、なんせ初めてじゃからの。不思議な気分なんじゃ」
「う、うん??」

 なにをブツブツ言ってるんだろう。
 私だって、こんな風に友人を心の底からスッパリ忘れた経験も、忘れられた経験もないよ。
 仁王くんは、私に向けて、手をスッと差し出した。

「仁王雅治じゃ。お前さんはであっとるな?」
「う、うん」
「ハジメマシテ」

 口の中でその言葉を楽しむように嬉しそうに笑いながら、彼は言った。

「お前さんは変じゃなかよ。周りの奴も頭がおかしいわけじゃない。おかしいのは俺じゃ」
「い、意味わかんない」
「これから、仲良くしてくれるじゃろ?」

 面と向かって誰かにそんなこと言われたことなかったので、なんとも言えずに、彼と握手することで肯定の意を示した。

「もっと仲良くなったら、意味教えちゃるきに、楽しみにまっとって?」

 よろしく。

 その日から、私の友人カテゴリーに仁王くんが登録された。

(彼がもちいたりへの静謐)


2013/08/16 御狭霧