「え、さん来るの?」

その言葉に、反射のように涙が滲む。

「行っちゃ、だめ?」
「だめじゃないけど、ああ、もうそんな顔しない!」

撫でるように梳くようにちゃんが髪を触る。それが気持ちよかったから、泣くのはやめて微笑んだ。
溶けかけたシェークの、甘いバニラの香り。

そろそろ出ようか、なんて誰ともなく言い出して。
突然表れたジローくんに、びくりとしてしまう。滅多にみないハイテンション状態に慣れず戸惑っていたら、横から忍足くに声をかけられ跳ね上がった。びっくりさせないで欲しい。

「大丈夫よ。忍足くんは盗って食う相手選り好みするから」
「えっ、なにそれ、だって摘み食いぐらいされたって良いお年頃なのに。摘んだげてよ眼鏡くん!」
「ううん、さんかぁ、個人的にはもーちょい色気ある方がなぁ」
「色気……」

思わず胸元へ視線が行く。最近気になる人物の好みはグラマーな人らしい。まずはすこし肉をつけない限り、どうにもならないお子様体型。ブンちゃんみたいにたくさん食べれたらよかったんだけど。

「大丈夫よ、まだは発達途中なのよきっと」
「お母さん見る限り、わりと絶望的なの、ちゃん……」

悲痛な顔になっている妙な自信。遠目に跡部さんを発見してしまい、眉間に皺がよる。お兄ちゃんに似たあの人はなんか苦手だ。悪い人ではないのだけど、なんか常に威圧感がある。平穏な生活を望むなら、近付かないのが正解な氷帝の王様。

「行こ。間に合わなくなる」
「あ、はあい、それじゃあね、忍足くん」
「ん、楽しんで。ちゃんとさんの背中ついてくんやで、はぐれたらあかんで」
「うん!」
「馬鹿にされてるよ、
「へっ、なにが!?」

馬鹿にされている、と言われて前後の会話を反芻するが、とくにそんなことはないと思う。

「忍足くんは、そんなひどいことしないよね!」
「……もちろんや」

「見なさい、あれが天然の威力よ」
「罪悪感ハンパねぇな」

ヒソヒソと内緒話をしている二人に首を傾げながら、私たちはすこし駆け足で映画館へ向かった。



「あー、えっとさん、でいいのか?」

改札を出てすぐそこにある時計の下。ブンちゃん遅いなぁと、そわそわしていたら。件の王子様、ジャッカルさんが登場した。油断していたせいで、変な顔になった気がする。頬に熱が集まり、あわあわと意味のない声が出る。逃げだしたくて、でも驚く分嬉しくもあって。

「あ、はい、そう、ですけど……?」
「わりぃな、ブン太のやつが急用できたとかで来れなくなってよ。知らない奴とになるけど、いいか?」

ぺらりと目の前に差し出された映画のチケット。ペア招待券なので一人では入れない。ブンちゃんが貰ったらから行こうぜって誘って来たのに、まさかの本人不在。電話でやたらお洒落しろだの、絶対スカートにしろとかうるさかったのは自分の用意したこのデートイベントの成功率をあげるためだったのか。

「も、もももも勿論です!むしろうれしいぐらいというか……!」
「?」
「あ、その、えっと、ブンちゃん来れなくて映画見れないの悲しいですから……!」
「なるほどな。じゃ、行こうぜ。そろそろ上映時間だろ?」

ふわりと微笑まれて、余計に顔が赤くなる。足のコンパスが絶望的に違うのに、ゆっくり歩いてくれるおかげで置いていかれることはない。細かい気遣いが、とてもうれしい。自然緩む頬。緊張してる私に他愛のない会話で和ませてくれたり、ああこの人はとても優しいんだなとすこしの間で分かってしまう。

「今日といい、ジャッカルさんに助けられてばっかりですね、私」
「ん?今日のはとにかく、前に会ったことあるのか?」
「覚えてないかもしれませんが、前にハンカチ拾っていただいたんですよ」
「あー、なんとなく思い出した。あん時か。あれくらい助けたうちにはいんねぇだろ。拾っただけだぜ?」
「でも、とても助かったんです。嬉しかったですし!」
「そっか。そう喜ばれたら、なんかくすぐってぇな。こっちこそ、わざわざありがとう」

なぜか、互いぺこりと礼をして、目があった瞬間クスクスと笑いあった。空を飛んだハンカチが繋いだ縁をさらに再び結んだ共通の友人への文句を口にしながら。

は逃げるためのものだよ、だから僕にはそれはいらない)
――おんなじ飛ぶなら、君の元へ行きたい


2013/09/08 三明