駅の近くの公園のベンチ。日が暮れかけなのに、みんみんと蝉がまだうるさい。 秋が近付きつつあるから、鈴虫かなにかの澄んだ鳴き声も遠くから聞こえてきた。 昼間より幾分か涼しい風が駆け抜けていった。 私はというと、たまりにたまった話を伝えようと、口を開く。 毎日会えるほど、この友人は暇ではなく、私も毎日帰宅が遅くなることへの言い訳を探すのは一苦労。故にこの会合は週に一回。たまに休日に遊びにいくけど、本当にたまに、の話だ。 「大変なの、ブン太!」 「確かにな。お前が振り回したせいで、その箱の中身が」 「へ、ひぃやあああ!!」 勢いよく振った箱を開けると、案の定ばっきばきに分解されてしまっていた。 カスタードと生クリームをこの季節に持ち歩く勇気はなかったので、サクサクタルト生地にバターケーキの生地を流し混んで焼いたもの。レモンピールと、レモンマーマレードの苦味と酸味は我ながら美味しく出来たのだが、見た目がこれでは美味しさ半減。 シンプルでちょっと無骨は感じのタルトはそれがまたかわいいんだけど、割れてしまったら、それはもう残念な物体Xになるのだ。 「うわあああ、ごめんね、ごめんねー」 「あー、まあ気にすんなよ。味に変わりはねぇし、の奇行はいつものことだ」 ブン太は優しいなぁと、頬を緩ませながらもそもそとフォークとお茶を用意する。銀色の魔法瓶に入った紅茶。中に入れた氷がからんと鳴った。保冷バックに入れたガムシロップとミルクを取り出すが、ブン太は今回は使わないらしく私の分以外はしまった。 崩れたケーキがワンホール、割とすごい勢いで消えていく様子は見ていて楽しい。 やっぱり一生懸命作ったものが美味しそうに食べて貰えるのは作り手冥利につきる。今回のは自信作なので、ちょっと得意げに笑って見せた。うまくできた分、見た目があれになってしまったのは残念なのだけれど。 「は!?ち、違うよ、大変なのは箱の中身じゃなくてね、ええっとね、ブンちゃんに聞きたいことがあったの!」 「ブンちゃんって呼ぶなっていってんだろぃ」 文鳥みたいで響きがかわいいと思うんだけど、ブン太はどうにもこのあだ名は気に入らないらしい。使うたびに訂正されるので、それが可笑しくてたまに、使ってみせる。 まったりした空気に流されかけたが、私はちょっとブン太に聞きたいことがあったのだ。 「えっとね、このあいだのお休みの日に、ブン太の学校の近くまでいく用事があってね。その帰りに、風でハンカチが飛ばされちゃって」 「お前が飛ばされなくてよかったな」 「あ、あれは飛んだんじゃないもん!傘が風で煽られて、ちょっと浮いただけだもん!忘れてっていったじゃん!」 「いや、普通、知り合いが風で飛ばされてたらそう簡単には忘れられないだろぃ」 「大丈夫だよブンちゃんは風に飛ばされるほど軽くないよむしろ重いぐら、いたっ」 ぺしりと頭をはたかれて、対して痛くもなかったけど、大袈裟な仕草で痛がってみせる。しばらくそんなふうにじゃれあって、私は忘れかけていた本題を口にした。 「それでね、そのハンカチ拾ってくれた人がすごくかっこよくてね!」 思い出しただけでちょっときゅんとする。こんなふうにドキドキするのははじめてで、頬を抑えてみれば少し熱を持っている気さえする。 「テニスの道具もってて、立海の制服だったからブンちゃん知らないかなあと思って」 「どんなやつだったわけ?」 すでにケーキを完食したブン太が、お茶を飲みながらさして興味もなさげに問いかけてくる。 きちんとお礼を言えなかったので、少しでも情報ゲットしたら会えたりするかななんて打算。ストーカーじみてる気もするけど、お礼をしたいのは本当なのでそこらへんは恋する乙女的な免罪符としてスルーして欲しい。 「えっとね、スキンヘッドで」 「ごふっ」 紅茶が霧になった。お行儀悪いというか、食品を無駄にするのはとてもブン太らしくない。噎せていたので背中を叩き、ハンカチを差し出したあたりでなんとか咳は収まったようだ。 「大丈夫?」 「あー、平気。ハンカチはいらねぇ。汚れるししまっとけ」 「汚れても洗えばいいんだからいいよ。制服シミとかになるよ」 ハンカチを押し付ける形になりながら、話を続ける。なんで噎せたのかはわからないけど、とりあえずは平気そうだし。 「それでね、色黒で、ちょっと日本人離れした感じの……」 「あー、……こいつ?」 ブン太が弄っていた携帯の画面をこちらに向ける。写っていたのは、なんかちょっと奇妙なことになっていたけど確かにその人だった。 なんでこんな状況を写メったんだろ、ブンちゃん。 「あー、これジャッカルだよ」 「え、あのジャッカルさん!?」 話を聞く限り、ブン太の面倒を見てる苦労人さんだ。あんないい人を、いやいい人だからブン太に振り回されているのか。 「わー、いい人だなぁとは思ってたけど見ず知らずの他人にまで優しいなんて紳士だねぇ」 「……紳士はやめとけ」 「なんで?」 「なんでも」 変なブン太だ。なにか非常に苦いものでも食べたような顔になっている。 紳士以外にどう表現すればいいか頭を悩ませ、ポンと浮かんだ単語をそのまま口にしてみる。 「あ、なら王子様だね!」 「……ソウダナ」 より苦い顔に、そしてかなり遠くを見る目になってしまったブン太にあれこれ質問を飛ばす。だんだんおざなりになる返答に、私は唇を尖らせた。 (いつのまにか隣の彼は王子様になっていました) ――笑えばいいけど、いろんな意味で笑えない 2013/08/22 三明 |