(Teenage dream 1話前) 夏休みが明けて、二学期も始まり。 氷帝学園三年C組にて、長期休暇明け恒例、席替えである。 なんで授業の度に宍戸の背中を見なきゃならないのか。 そう言えばこの三年の間、私が後ろで宍戸が前って、この席取りになったことあったろうか。 ――まあいっか、わざわざ無益な記憶を辿る時間を取るのも馬鹿げてるし。 それよりもご飯。宍戸は購買に行ったから、風通しが良くて良い。 ひとりで弁当を広げながら視線を右にやれば、クラスメイトでありながら碌に話したことのない、大人しそうな女生徒。 名前は何だったろうか、……あ、そうだ、思い出した。 周囲との仲を良好にしておくのが、良い学校生活を送るコツだ。 お隣さんは椅子を引いて立ち上がりながら手提げを片手、悩むようにきょろきょろしている。 わざわざ首を傾げて下から覗き込むように視線をやりながら、卵焼きを口に放り込んだ。 「さん。課題テストどうだった?」 「あ、――えっと、その、ううん、いつも通りまるで出来なかった、かな」 曖昧な微笑みで、お隣さん――さんは歯切れも悪く、目を泳がせて。 なんとも、これだけ煮え切れらないなら内心の戸惑いも悟ろうものだ、私の名前を思い出せないんだろう。 ふうん、って返事は軽く、箸の先でくるりと宙に輪を描いて笑った。 さんが気まずげに目線を逸らすのが分かる。 何だ、私の笑顔はそんなに直視に堪えかねるのか、いちいち皮肉っぽくて損しとるよなあとは、忍足くんに言われたことがあるけれど。 「。よろしく、覚えといてね。さっきから誰か探してるの?」 「あ、えと……いつも一緒に食べてる子が、部活の集まりとか何かで今日はいなくて……。どこで食べようかな、と思ってたの」 「じゃあ、ここで食べれば良いじゃない。ちゃんとさんの席な訳だし、て言うか、ずっと立ってきょろきょろしてたら目立つわよ」 ぎゅうっと手提げを握り締めながら身を竦める姿が、迷子になった小動物っぽくて、虐められてるみたい。 とは、流石に失礼だから押し隠しておくけれど……いや、本音を言うなら、このままだと私が虐めてるように見えるじゃないか、座ってよ。 無作法にも箸でさんの席を示してやれば、やっぱりおろおろと視線は左右に彷徨わせたまま、ぽてんと腰を落ち着けて、お邪魔します、と、もぞもぞ。 や、お邪魔するも何も、そこ、さんの席なんだけど。 なんて言うか、抜けてる子だ、って言う印象。 さんが手提げから、これもまた危なっかしげな手付きでお弁当をもぞもぞと取り出すのを見ながら、こっちもこっちで昼食の再開。 「でも、さんは宍戸くんと食べるんじゃないの……?」 「何で私があいつについてかなきゃならないの」 で、一口食べ進める前に、いい加減飽きるレベルで聞いて来た質問に動きが止まる。 見るからに不機嫌そうな顔にはなっていたと思う、箸を前歯でがじがじやるのも威圧的だ、と、一連の流れを横から耳に入れていたらしい後ろの席の子にのちほど言われたけれど、私としては無意識の行動で。 さん、私がそうやって思いっ切り不快を全面に押し出して睥睨するのには平気な顔で首を傾げているから、なんともよく分からない子だ。 「え、だってよく一緒にいるし、その、付き合ってるんでしょう?」 「久し振りに言われたわ、それ」 何度否定して来たことか、ため息深く、さんに体ごと向き直る。 「あいつとは、絶対、そう言うの、あり得ないから。オーケイ?」 一語一語、聞き漏らすなよって、ドスを効かせた声で言い聞かせれば。 「久しぶりってことは、やっぱりおんなじ風に思ってる人、多いんだねぇ。仲良しさんだ」 ……だから、何で脅す時に限って笑うのか。 頭が痛い。加えて寒い。 笑い事じゃないのだ、その誤解を聞く度に、気持ち悪くて鳥肌が立つ。 額に指先を当ててぐりぐりと、気を落ち着けようとしていれば、さんは暢気にこぽこぽと、水筒からお茶なんか注いでいる。 「宍戸くんは、長太郎くんとも噂がでてたし、うん、すごいねぇ」 「いっそほんとに鳳くんとくっついてるってことにしとけば良いのよ」 「ふふ、でも長太郎くんも宍戸くんも、男の子だから」 「良いんじゃないの、両想いっぽいし。とにかく、私と宍戸はそう言うんじゃないから、これから絶対言わないでよ、分かった?」 「分かったよ、安心してね!」 勢いよく親指をぐっとおっ立てられて、返事だけは威勢が良いけれど。 笑う顔は眠ったまま波に揺られるクラゲのようにへにゃへにゃと、なんだこの頼りない子はって、思った私に罪はあるだろうか。 * 「あ、宍戸くん、おかえり!」 「お? おう、どうした、」 妙に上機嫌なさんに声をかけられて、パンを片手に帰って来た宍戸が目をぱちくり。 私が片手を挙げて迎えてやれば、宍戸も宍戸で無言のまま、何となしにふたりで掌を打ち鳴らす。 にこにこしっぱなしのさんが、さん、私覚えたからね、任せてね! って言ってくるけど、何のことだか分からなくって、宍戸に視線で助けを求めたらあっちも首を傾げた。そりゃそうだ。 胸の前でぱちんと手を合わせて、さんは、褒めて貰いたがる子供みたいな、飛びっきりの笑顔を見せた。 「宍戸くんが付き合ってるのは、さんじゃなくて、長太郎くん! なんだよね!」 「「はあ!?」」 あ、やっぱこの子頭ゆるいわ! 2013/08/18 前橋 |